
■スーパーHiクラス誕生の影で・・・ 【The inside story】
『スーパーHiクラス』が登場したのは2009年3月1日(日)の第33回『ラ・パラ!』。
当初は自由参加枠ではなく、午前中にサーキットのポンダーを装着し1分5秒台以上のタイムをコンスタントに出した方の中で、メンタル面でもスポーツHiの一歩先の練習ができると西畑大会委員長が判断した方のみが走行できるクラスだった。
(左写真:初代スーパーHi トリオ。左から 橋詰さん・樋口さん・岩井さん)
その後基準タイムを見直し、現在では午前の1回目は1分7秒999以上、午後の2回目は1分4秒999以上のタイムを出した方が走行できるクラスとなっている。
なぜ選抜からタイムを基準とする申込制に変わったのか?
理由は 当初は危険率が分からなかったからだ。
スーパーHiクラスが生まれるまでには、関係者の度重なる議論があった。『ラ・パラ!』参加者の技術レベルの向上には目を見張るものがあり、スポーツHiでは満足な練習ができない人々が現れた。1クラスの走行人数を減らせばタイムの幅があっても走りやすくはなるが、誰もが参加しやすい『ラ・パラ!』であるためには、定員を減らす訳にはいかない。定員を減らせば、参加費を上げざるをえないからだ。また、走行回数を制限するのも本意ではない。
そんな時 西畑大会委員長が参加者との会話をヒントに『スポーツHi』の上のクラスを作っては、と提案した。が、提案した本人もツインサーキットの責任者も他の関係者もすぐにYESとは言えなかった。なぜなら、危険過ぎるから。
ツインサーキットを1分5秒で走るライダーがアクシデントを起こせば、骨折どころではすまない事態になりかねない。
心配はもう一つあった。『ラ・パラ!』は自由を重んじる分、一人一人の参加者の責任感と自主性がとても重要となってくる。スーパーHiクラスを作ることで、タイム重視でルールもマナーも無視する参加者が出てくるかもしれない。それでは『ラ・パラ!』でなくなる。
いったい何回話し合ったことだろう。そして出した結論が『選抜式スーパーHi』。いよいよ3月1日に実施と決まったが、選抜責任者の西畑氏は数日前から体調不良になるほど、心を砕いていた。
「大事故は絶対に起こしてはいけない。」
そして迎えた当日。西畑氏は参加者との会話の中から、危険の種を見つけてはそれが芽を出さないようにと最新の注意を払っていた。その上、朝からコースは完全ドライではなく規定の1分5秒も見直す必要が出てきた。様々な思いの中スタートした『スーパーHi』だったが、
『初代スーパーHi』の3名は見事にそれに応えてくれた。
その後も『スーパーHi』参加者は安定した走りで信頼を積み重ね、ついに3ヵ月後の6月6日(土)第39回に自己申告制への移行が実現。はっきりした参加基準が欲しいとの意見で、9月19日(土)第45回から「完熟走行(ウォームアップ走行)を含め
1分7秒台以上をコンスタントに出せる方」という基準が発表された。
『スーパーHi』に参加するにはサーキットのポンダーの装着が義務付けられているため、みんなはモニターでそれぞれのライダーのタイムを見ることができる。(余談だが、ラ・パラ!の特徴として、自走で来てこの基準を満たし『スーパーHi』を走る猛者がいる。彼らはタイヤウォーマーを使っていない。よって数周はウォームアップのため基準タイムで走行しない場合もある事をお伝えしておく。)
第45回9月19日(土)にも動きがあり、これまで1枠だった『スーパーHi』が11時台と15時台の2回行われた。西畑大会委員長は今後も、より存在意義のある『スーパーHi』を目指して臨機応変に対応してゆきたいと考えている。
いつか大事故が起きないという保障はどこにもない。が、『スーパーHi』参加者のみならず、会場にいる一人ひとりが、そうならないよう努力して欲しい。
そうでなければ『スーパーHi』どころか
バイクの練習走行会自体が 成り立たないのだから・・・・・
【END】